WANDERLUST

passport ヴァンダラストの冊子本

passport ヴァンダラストの冊子本

passportとは、WANDERLUST(有限会社マイピア)が発行する冊子本。
パンのこと、お店のこと、WANDERLUSTの取り組みのご紹介。
シェフ大村が会いたい人に会いに行くインタビュー企画や、コラムなど。
お店と地域の方々とを結びつけるメディアを目指しています。

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WANDERLUST passport vol.03
発行:有限会社マイピア
編集長:大村田(WANDERLUST)
編集/写真:寺居和美(AIR)
デザイン:善養寺良子
タイトルロゴ:Maniackers Design

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passport vol.3

WANDERLUSTカフェでコーヒーを注文すると、店員さんが丁寧にプレスしたコーヒーをいただくことができます。そのコーヒーを監修しているのが、カップオブエクセレンス国際審査員で、バリスタチャンピオンシップ センサリージャッジ(味覚審査)などを務める内田一也さん。 静岡駅近くにある、Crear Coffee Stopを訪ねました。煉瓦造りの建物の2階にありますが、すでに階段でコーヒーアロマのいい香りがして、入口ですらりと長身の内田さんがさわやかな笑顔で出迎えてくださいました。

道なき道を行く、仕事も趣味も

── お二人の出会いをおしえてください。

内田 パンの世界の神様みたいな人がたまたま知り合いでいたんです。
その方とお付き合いをしていく中で群馬にこういうやつがいる、みたいな感じで。

大村 自分はその時、お店を建て直してWANDERLUSTでカフェをやりたいと思っていて。
当時流行っていた簡易的なコーヒーマシンではなくて、ちゃんとしたコーヒーを出したくて、その神様に聞いたんです。そうしたら、「そんなのいるに決まってるじゃないか」って電話番号を教えていただいたのが、内田さんだったんです。

内田 ああ、そうでしたっけ。それで電話を?

大村 そうです、最初は大変失礼なんですけど、くれあーるさんのことを全く知らずに。
その神様の仁瓶さんが、とりあえずここに電話しなさいと。

内田 仁瓶さんってのは、非常に人に対しては厳しい評価をするんですね。
特にパン職人に関しては仁瓶さんが人間扱いしているってだけで私はその人は信用できるって感じなんです。

大村 元々、仁瓶さんとは、自転車からスタートなんですよね。

内田 学生時代から自転車に乗って旅をしていたんです。
働き始めるようになってからは何週間単位っていうのはもう無理だから、短期で集中できる登山道に行くようなことをやっていて。そういう集まりがあってそこに入っていたんですけれども、その後、後輩として入ってきたのが仁瓶さんだったんです。

── 山岳サイクリング研究会ですね。

内田 そうです。
40年くらい前、自転車のツーリングからだんだんと山の中の登山道へ入っていくようになって、山の事故がおこるようになりまして、それはよくないよねっていうことで。山の事故を防ぐにはどうしたらいいかとか基本的な安全事項どうしたらいいかとかそんなのが始まりで山岳サイクリング研究会ができたんです。そこからのお付き合いなんです。

大村 以前、東京の喫茶店をだいぶ巡ったとお話を聞いたことがあります。

内田 サラリーマンの時ですね。新入社員研修で大阪に行ってまして、大阪の土地勘に強くなるほど喫茶店は巡りましたね。東京は本社があったので、仕事が早く終わると、東京の喫茶店もだいぶ行きました。

── ということは、事業を始めたいと思って会社をお辞めになったときには、もうコーヒーと決めていたんですか。

内田 コーヒーは好きで決まってましたね。焙煎が好きだったんでね、コーヒーというのは決まっていました。

大村 その時はどこかで焙煎をするチャンスはあったのですか。

内田 いや全然なかったです。その時のコーヒーって煎る前の生の豆がほとんど売ってなかったんです。

結構、コーヒーの変遷っていうのが激しくて、スターバックスコーヒーが出来る前は、大雑把に言うと茶色ければコーヒーっていう時代で、スターバックスコーヒーがちょっと品質が良いものを現地から買い求めましょうと始めたのがセカンドウェーブなんです。そのスターバックスコーヒーが今度は生産国からバキュームカーで吸い上げるが如く全部コーヒー豆を買っていっちゃうっていうんで、じゃあそれよりもいい豆が欲しいもっと小さいアメリカのコーヒー事業者が生産国に行きはじめた、というのがサードウェーブなんです。
その流れが来たのが2000年ぐらいですね。ですから1980年代ぐらいに、アメリカがいいコーヒーを飲み始めたていうのがわかって日本から視察に行っても日本がやってる事の方が上なんじゃないかっていう感じで帰ってきたらしいんです。2000年以降、インターネットが発達してきて、そこから生産地でこんなことをやっているという情報がどんどん入ってくるようになって全国の仲間とメールで連絡が取れるようになり。インターネットの発達とコーヒーっていうのは密接な関係がありました。

── それで事業を始めてから内田さんも産地へ出向いていくのですね。
産地に行くと農場を見て交渉のようなことをするんですか。

内田 交渉は丸山珈琲の丸山さんがかなりやってくれて、私たちは交渉の邪魔をしないように子供の注意を引いたりとか、現地の人と遊んだりとかそんな感じですね。

大村 丸山さんが団長さんみたいな感じですか。

内田 そうですね、彼が一番ですよ。日本人では珍しいと思います、そんなことができる人は。なかなかそこまでできないので。

── 産地に行ってお仕事だけじゃないところで、現地の文化とかを見たりするんですか。

内田 他の人たちは結構それやるんですよ。でも私たちはそれよりももっとコーヒーの方をとリクエストします。私たちがよく言うのは農場引きずり回しの刑(笑)。本当にそうなんですよ。だから別の方の話を聞いてると、あっちは観光が好きだから、農場行っても疲れちゃうからすぐ観光とか。なので、わたしたちはコーヒー以外は結構ですと言います。そうすれば、双方真剣になるじゃないですか。なので、本当に引きずり回しです(笑)。

── 豆自体が農場によって相当違うんですか。

内田 そうですね、一生懸命やる人はそうはいないんじゃないかなと僕は思ってます。例えばフランスからパン屋さんが来て日本のパン屋が見たいと言ったら、太田に行きましょう、次は東京、次は富山、福井とかそんな感じです。

大村 その距離感ですよね。パンの世界のもうひとりの神様明石さんと、フランスのパン屋さんに行った時は、まさにそうでした。3泊4日で1000キロぐらい走って、見たパン屋さんは3軒。ここは見とけってところしか行かないんです。

内田 ヨーロッパは舗装されてるからいいですよ。四輪駆動ってこういうところを走るんだって感じの、頭がガンガンガンガンぶつかるような道を行きますからね。なかなか過酷です。

口の中に残る感じ。そこを汚すことのないコーヒーっていうのを心がけているんです。

── 紹介されたあと、内田さんが大村さんがお店に行ったんですか。

大村 自分が最初に静岡に行きました。それでサンプルの豆とかをお勧め頂いて。
そのあと、内田さんに太田に来ていただいて、オープニングスタッフを集めてスペシャルティコーヒーとは何か、や、そそぎ方教室をやっていただいて。

内田 そうですね、熱心なスタッフが集まっているなと、正直驚いたんです。

大村 オープンからずっとWANDERLUSTでは、内田さんのコーヒーをお出ししてるのですが。
コーヒーが苦くて嫌いだったっけど、内田さんのコーヒーは飲めますっていう人が結構いるんですよ。コンビニコーヒーとかの苦いのをずっと飲んでいたうちの親ぐらいの世代の人とか、炭火焙煎ブームの世代の人からすると、うちでお出ししているコーヒーは味がしないとか、たまに言われるんですよ。

内田 そうですね。日本のコーヒーに話を戻しますと、コーヒーが変わってきたっていうのは21世紀に入ってきてからで、日本って元々コーヒーを輸入するようになったのは、明治に入ってからなんです。欧米は植民地を抱えてそこでコーヒーを作らせてみたいなことをやっていたので、欧米のコーヒーと日本のコーヒーはもう出だしが全く違うんですね。日本では明治になってやっと飲み始めて、それから細々と飲んでいたのが、いわゆる第二次大戦で一度輸入が途切れるんです。1939年から1950年までの11年間ゼロになるんです。日本人は割と実感がないんですけど敗戦っていうのは純粋にそれまで持っていた利権を全て失うことじゃないですか。1950年からやっと輸入が再開されて、その当時の円相場はしばらく固定金利で1ドルで360円の時代が続いたじゃないですか。コーヒーはドルの取引なんです。今みたいに110円で買える時代と根本的に払える金額が3倍違うんですね。そうすると第一次喫茶店ブームっていうのが1960年から70年代後半まで続いていて、その当時日本が買えるコーヒー豆の質は限られていたんです。そのあまり質のよくない豆をどうやって飲もうかって工夫せざるを得なかった時代です。
1970年の後半に、デパートでコーヒーを買おうと思うと、いつ焙煎したかわからないコーヒーなので、その時はそれほどローストは深くなかったんです。それに対して、いわゆる今の自家焙煎の第1次ブームを作った世代の人たちがやった事は、自分達でコーヒーを煎り、煎ってからの鮮度については注意しましょうということ。じゃあ鮮度をどうやってみるかって言ったらお湯を注いで泡が出てよく膨れてるでしょ、これのが鮮度の良いコーヒーです、だったんです。その当時、デパートとかお茶屋さんで売ってるコーヒーはいつ煎ったか分からなかったので全然膨らまなかったんですね。自家焙煎というのはそうやって広まっていって、そういう本が今でもいっぱい流通してるので、それでコーヒーは膨らまなければだめだとか、コーヒーは苦い、みたいに思っている人が多いんです。私、今60歳ですけど、それより上の世代はそんな感じですよね。 品質のよい豆で、豆にあった淹れ方をすれば、苦みだけではないコーヒーそのものの旨味があります。
大村さんパンっていうのは非常に原料もしっかりしてるので、あと口が爽やかなんです。一番の違いは、例えば乳製品なんかでも白ければ魅力的とかクリームとか思っている人が多いですが、植物性のパーム油と乳脂いわゆる牛乳で値段も倍から3倍ぐらい違うんです。食べてみてそんなに大きくは違わないのですが、あと口が違うんです。食べたあとに口の中に残る感じが。そこを汚すことのないコーヒーっていうのを心がけているんです。いいコーヒーというのは、爽やかさしか残らないんです。

太田の人は幸せだと思いますよ。

内田 普通に何気なく食べてるもの、口にしているものがいい物っていうのは本当に幸せだと思うんです。マイピアさんから始まってあそこのパンはとてもいいって言ってくださるお客さんがいっぱいいらっしゃるわけじゃないですか。
そこから、明らかに品質レベルを上げてきてるんですね。明らかに。それには、いろいろ葛藤はあったと思います。

今のマスコミが飛びつくっていうのは、仕事を掘り下げるということじゃなくて、表面の目新しさなんです。ミルクをたくさん加えて、砂糖を加えた食パンが美味しいみたいなことをやって、新しくこのお店ができましたと言ってはマスコミが飛びつくわけです。大体そういったお店って3年から長くて5年でなくなっていくんですけどね。私たちがやってる仕事は全然目新しくないんだけど一つの仕事を掘り下げていくこと。ただ目新しいだけのものに飛びついていく人もいますけど。ひとつの仕事を掘り下げるというのは、なかなか理解されないんですけど。特に田舎でやっていると。心が壊れそうになりますが、そこをやっぱり自分でやっていくしかないと言うか。だからわたしたちは、地球の裏側まで行くんです。私は太田の人に声を大にして言いたいです。あなたたちは、幸せ者だと思うのです。


── ちゃんとしたものをしっかりと伝えていきたいですね。内田さんのコーヒーのお仕事の中でしっかり伝えていきたいことは。

内田 コーヒーっていうのは人の手を介して作っているものですよね、もちろん値段もものすごく大事っていうのは分かるんですが、そこに値段だけ求めちゃうと、それが結果として作ってる人を苦しめることもあります。価値をちゃんと見て、それなりに対価を払うという事をちょっと一回振り返ってみて欲しいと思います。

昔コンビニコーヒーって120円から150円だったんです。それが今100円じゃないですか。じゃあその20円、50円安くなったというのはどういう意味かっていうのを考えてみて欲しいんです。たぶんカップも砂糖も値段は変わらないです。ということは中の原料なんですね。原料に一杯あたりもう10円払ってくれれば、これだけのものが使えるとは思うんです。また、それを削ることによって、生産者に行くお金も少なくなるので、それはずっと考えています。

例えば大村さんのところは、2つクロワッサンがありますね。価格の安いクロワッサンでも十分おいしいですよ。でも大村さんの思いが詰まったクロワッサンあるじゃないですか、その差は、多分何も考えずに値段だけを見たら、見た目はほとんど同じなので、安い方でいいやってなると思うんです。ただ大村さんのクロワッサンは安くても十分美味しいので、これだけのものをこの価値で作り出すにはどういう苦労をするのかっていうのを見て、3回に1回でもいいからいい方のを食べてみて大村さんの想いをぜひ知ってほしいと思うんです。

それがコーヒーでもパンでも同じ事なんだなって思います。やっぱり日常の仕事として日常に食べるパンとしては、このぐらいの値段でこれを出さざるを得ない、でも本当に自分がやってみたいことというのはこれなんだ、という主張を見事にしているなと思って。それを分かっている人が一人でも増えればいいなと思ってます。それを群馬の田舎でやられているってのはものすごいなと思います。あれ多分東京の六本木とか銀座とかでやると、多分そういうの買ってく人っていると思います。でも、そうじゃなくて、静岡も田舎ですけど、田舎暮らしで生活の豊かさを支えるために、頑張っていろんな主張をなさってる方が身近にいるというのを知ってもらって。日本でも屈指のパン屋さんっていうのは何をしたいのか、理解してくれる人が一人でも増えることが、私はものすごく大事だと思いますし、それを支えるのがお客さんだと思ってます。自分たちが普段し口にしている、野菜ひとつでも、突き詰めていくと電気照明の水耕栽培で何でも育っちゃう。それを野菜と言うのか、ちゃんと土に植えて管理して農業をやってる人の野菜を口にするのか。多分値段は3倍ぐらい違うと思うんです。でも自分の食べる物ってのはどういうものなのか、そういうことを3回に1回ぐらいでいいんで考えてみてほしい。本当に、何回でも言いますが、私は太田の人は幸せだと思います。

大村 ありがとうございます。自分は、お店の売上が上がるのは大事で、嬉しいんですけど、それ以上にその仁瓶さんとか内田さんに認めてもらえた時の方が全然テンションがあがります。

内田 売り上げが上がらないと駄目ですよ(笑)

一同 (笑)

── ありがとうございました!

インタビュー:岡田ジュン(AIR) 記事/写真:寺居和美(AIR)

創作珈琲工房 くれあーる

10:00~19:00
定休日:日曜、年末年始・GW (臨時休業の場合あり)
静岡県静岡市駿河区八幡3-5-4

Crear Coffee Stop

11:00-19:00(18:00 L.0.)
定休日:日曜日、月曜日
静岡県静岡市葵区両替町1-6-10 M2ビル202
https://uchidacoffee.com/